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東京高等裁判所 昭和48年(う)2126号 判決 1973年11月15日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意)

弁護人本谷康人、同藤本昭が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第二点について。

論旨は、原判決は、刑訴法三三五条を適用して単に証拠の標目を掲示するに止まり、証拠と罪となるべき事実との関連性、その有罪たる理由を説明していないが、同条の規定は憲法前文・一条・一三条・三一条に各違反し、違憲の法律であるから、憲法九八条に基き無効であって、これを適用した原判決は憲法に違反したものである、というのである。

そこで、検討してみると、所論指摘のように憲法前文・一条・一三条・三一条に照らし、国民に対しその生命・自由・財産を場合によっては強制的に奪うという重要な影響をもつ刑事司法の手続において、犯罪事実を認定するにあたって慎重かつ適正でなければならないことはいうまでもない。

ところで、現行刑訴法三三五条一項の規定によれば、有罪判決に示すべき証拠理由は「証拠に依り罪となるべき事実を認めたる理由を説明すべき」旨定めていた旧刑訴法三六〇条の規定に比し簡略化され、単に「証拠の標目」を示せば足りることとなり、証拠の内容まで逐一摘記することを要しないものとされているのである。したがって、右「証拠の標目」を示すのみでは、いかなる証拠内容によっていかなる事実を認定したのか、判文自体からは必ずしも明確とはいえないが、挙示する証拠が特定されていれば、標目により記録からその証拠資料を提出することはきわめて容易であって、判文と記録を照らし合せて見ることにより、どの証拠のいかなる内容によってどの事実を認めたか、証拠と事実との関連性が明らかになるのであるから、事実誤認または理由の不備ないしくいちがい等による上訴との関連においても、実質的に当事者の利益は担保されているものというべきである。そして、現行刑訴法は、当事者主義を基調とし、被告人に黙秘権を認め、訴因制度、冒頭陳述、伝聞証拠の排斥、いわゆる公判中心主義(公開主義・直接主義・口頭弁論主義)等を採用して、厳正な手続のもとに事実審理の充実を期し、なかんずく刑事司法における人権の尊重・適正手続の保障に関しては、旧法に比し、全般的により周到な配慮をしているものというべく、このような現行刑訴法の基本的全般的な構造の中において、刑訴法三三五条一項の規定による証拠理由説示の方式が旧法に比し前記のように簡略化されたからといって、一概に被告人の権利の保障ないし適正手続の実施の面で後退したものとは認め難く、却って判決書作成という外形的技術的労作に要する時間的、労力的負担を軽減し、その余力を実質的な審理の充実にあてることにより、被告人の利益はより強く保護されることになったと認めうるのであって、所論のように右規定が憲法前文・一条・一三条・三一条に違反するものであるとは解することができない。

なお、証拠理由説示の方法として証拠の標目を挙示することの違法でない点に関しては、最高裁判所の数次の判例(最高裁判所昭和二五年(あ)一〇六八号同年九月一九日判決・刑集四巻九号一六九五頁、同昭和三四年(あ)一〇七八号同年一一月二四日判決・刑集一三巻一二号三〇八九頁等参照)が明らかにしているところである。

結局、所論は独自の見解であって採用しがたく、論旨は理由がない。

控訴趣意第一点について。

論旨は、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのであるが、原審記録を検討して諸般の情状を考察するのに、被告人は昭和四五年六月二六日業務上過失傷害・道路交通法違反(酒酔い運転)罪により禁錮五月(四年間刑の執行猶予)に処せられ、右刑の執行猶予期間中にさらに同四七年七月と同年一〇月に各一回道路交通法違反罪により罰金刑に処せられ、さらにまた、右猶予期間中であるにもかかわらず、原判示のようにまことに危険な酒酔い運転をしたものであるから、その犯情ははなはだかんばしくなく、所論の事情一切を十分に考量しても、原判決の量刑はやむをえないところであって、これを変更するだけの事由を見出せない。したがって、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のように判決をする。

(裁判長裁判官 吉田信孝 裁判官 大平要 粕谷俊治)

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